俺はツーシームで三振の山を築く

 何で休日の昼間から、こんな小太りの酸い男の語りを聞かされねばならんのだ。第一、こんな奴<オタクの典型>として描くにしても、既にスタイルとして古臭い感じがするじゃないか。汗臭い、古臭い、何だか知らないがとにかく臭い。坊主臭けりゃ袈裟まで臭い。お前なんかそのへんのションベン臭いアイドルのパンチラ写真でも集めてろ! とか吐き捨ててそのまま帰ってやろうか? マジ小便好きだったら嫌だけど。残念ながらそういう訳にもいくまい。呼びつけたのは自分の方なのだから。
 …分かってる。北を指さないコンパスは確かに一瞬、この小デブを指したんだ。おとなしくサンドイッチでもパクつきながら付き合わせてもらうとも。それにしても、

 「ビール置いてないの?」

 (小デブの顔に明らかな軽蔑の色が浮かぶ)いわゆる迎え酒ってやつだね。そこにメニューあるから自分で調べたら? 実は単なる教えてクンだったりして。



 せっかくだけどアンタには決定的に分かんないと思うよ。まず、前提として<肉欲>のない<性欲>。そう、<プラトニックラブ>じゃなくて、はっきりと<性欲>。…ほらね、想像もつかないぜって顔してる。
 ここが分かんないと本当は難しいんだけど。まあ、約束は約束だから話してやるよ。

 薄物社長はビビりながら開き直ってたけど、パンティ先生はトボケてた。そう、トボケてる。俺が見たところでは嘘はついてないと思うよ。
 アイツ「現実の女性に対しては使用してない」って言ったよね? これも本当だと思う。だって疑う余地がまったくないんだから。
 「思いついただけでやってない」っていうのは若干微妙な話だから通訳しないといけないかな。つまりそれは、そんなこと考えてるどうしようもない馬鹿がいるだろうってこと。無駄なのに。あるいは、思いついたもののあまりにもつまらないアイデアだったから自分でボツにしたってこと。あと、もしかしたら微妙な一人ボケだったのかも。でもパンティ先生、ごていねいにヒントまで教えてくれてたのには笑ったな。「リア・ディゾンのDVDを観ているとき」に思いついたとか。独特のセンスだよ。



 リア・ディゾンのこと考えてるでしょ? へぇ、自分でググったんだ。プリントアウトまでしちゃって馬鹿じゃな…ゴメンナサイ。でも、申し訳ないけどそこじゃないよ。ポイントは「DVD」の方。たまたまそこにリア・ディゾンが出てただけで、要するにタレントもののDVDなら何でもOKなんだよ。
 スキャニングの対象としては、お目当ての人物が映っている動画か、何点かの静止画像があれば充分。しかも2Dでも3Dでもって話だから、生身の女性に対して…なんて、わざわざそんな危険なこと、そもそもあり得ない話だよね。地雷の埋まった花壇に傘差して水やりに行くみたいなサ。



 ついてこれてる? もうちょっと話を戻した方が良さそうだね。

 アバターが付けてる下着の色を言い当てるとか、もともとちょっとしたイタズラツールとして作られたパンティグーグルが市販化されるまでの過程で何があったか、想像してみれば分かると思うけど…別に、詳しくなくたって、普通に大人の分別があれば大丈夫なんじゃない? …偉そうな言い方しちゃってすみません。だけど、そう、二人はどっかの時点で「これは商売になる」と踏んだはずですよね。

 ここからは問題なく理解してもらえると思うけど、注意してほしいのは要するにパンティグーグルのスキャンデータを使って<中身>をヴァーチャルに再構成できるってこと。だから本当は相方ソフトの方が問題なんだけど…もう、ダッチワイフのデリバリーなんて目じゃないよね。もちろん、スキャニングできるのは何も下半身に限ったことじゃない。いろんな風俗店にいる誰それちゃんのそっくりさんたちの人気にも影響出ちゃうかな?   
 ともかく、ここへ来て<肉欲のない性欲>が分かる人・分からない人の両方をターゲットにしたビジネスの可能性が見えてきたと。


 あと、ちょっと聞きにくいんだけど…いいですか? アンタが理想としている内臓系−神経系−拡張神経系の行き来? これが、特別な訓練なんかしなくても意外なとこで、今、完全にシームレスな状態で可能になろうとしている。この現実をどう思われます?



 「今日は忙しいとこをありがとう。けど、シームレスが理想だなんて言った憶えはないよ」
 それぞれの領域間の境界は、それなりに大切なものだ。と言うよりも、仕方のないものだ。境界意識を失った者は、同時に3つの領域間を行き来する自分へのコントロールを失うに違いない。こうして、全ての男女は静かに発狂していくだろう…。どこの球団の誰だかわからないピッチャーの投球フォームを真似て振りかぶるキャプテン・セレマ。

 「むしろ俺は、ツーシームを上手く使って三振の山を築こうとしている」