ダカラタカマガハラカラ

 季節はずれの蟹鍋パーティ。ホストはしかしとれとれだと言う。空調の効いた部屋。
 「松葉蟹?」
 「いや、天空蟹」
とハナザカリくん。平然と付け加えて
 「とれとれの」。
 今日の女の子たちは、つぶさずに涙を流す労を強いられることもなく、きゃっきゃ。でも誰もアクを取ろうとしない。割り下を足す必要はない。
 ハナザカリくんの目が、茶色いアブクの盛り上がりる様を見ている。アブクの盛り上がりが濁流とオーバーラップ。ひたひたと蟹が降っていた。あれは恵みの蟹だったんだろうか、それとも…。考え込むサックス奏者。茶色いアブクは、グツグツ音を立てながらどんどん盛り上がり、今にも溢れ出さんばかりの勢い。
 「パピィ悪い、アクすくってよ」
 雑談に夢中になっていたところ急に神妙な顔つきに変わりごめんなさーいと一斉にオタマに群がる彼女たちは、ジェニイに、グレースに、エヴィータ。全員日本人だ。また笑っている。一瞬、手持ち無沙汰になった僕の表情がよほど間抜けだったんだろうか。でもこれ、決して3人がかりでやる作業じゃないし競うほどのことでもないよね。
 「涼しい部屋で鍋つつくって何かいいな」
とハナザカリくんらしからぬ発言。普段の彼の基準に照らすなら、今のは喋らなくていいことに属する。
 「炬燵でアイスの反対みたいな」
 採れ採れピチピチ蟹料理。花盛唱吹氏の説によれば、炬燵で鍋は、空調の効いた部屋でアイスクリームを食べるの同様最悪とのこと。エントロピー理論で言う熱死状態とニアリーイーコールであると(ひとつ間違えば、でしょ?)。911なんて僕が想像してみることすら想像もつかなかった頃を回想している。みんな夢中で蟹にむしゃぶりついていて何も喋らないのをいいことに。

 アメリカを攻撃するなら、空からパラシュートで炬燵と鍋を大量に投下することだ。ウォール街の働かなくてもいいヤッピー(そんな人種がまだいるとすれば)たちは、確実に働かなくなるだろう。なぜなら働く必要がないから。働きたいから働いている連中は、炬燵と鍋の誘惑に逆らえないだろう。なぜなら逆らう理由がないから。誘惑を誘惑たらしめるためには簡単なレシピが必要だ。なぜなら彼らは鍋料理の作り方どころか鍋の使い方すら知っちゃいないのだから。
 ともかくこれで、アメリカを経済的文化的に骨抜きにすることが可能だ。万事都合が良過ぎる点を除けば、まさに完璧な作戦であった。武運長久を祈る。声だけ威勢よく、リア・ディゾンの扮装でヤマモト・イソギンチャックがねちっこく嫌らしく笑っていた。

 「で、どこ産なの?」
 「だから、高天原から」
 ハナザカリくんの言葉をディレイが呪文化する天つ蟹的マントラ鍋の夜。ダカラタカマガハラカラ/ダカラタカマガハラカラ/ダカラタカマガハラカラ/ダカラタカマガハラカラ/ガハラカラ/ハラカラ/ラカラ/カラ/カラ/カラ/ラ/ラ/ラ…。

 僕たちが何を召喚したかは内緒だ。







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