アニリール・セルカン氏と現実の壁

 それまで東西ドイツを隔てていたベルリンの壁がまさに打ち壊され崩れていく1989年のある瞬間/未知の攻撃に晒されたNYのWTCビルが黒煙を上げる2001年のある瞬間。スクリーンに映し出された2つのシーン上に、それぞれ119/911の文字がシンメトリーをなしてオーバーラップする。このように、物質の壁は崩れたが、心の壁は未だに強固でありそれが世界中でさまざまな問題を惹き起こしている。セルカン氏の講演*1は、完璧なオープニング演出からスタートする。
 この、五輪金メダリストにしてトルコ人初の宇宙飛行士候補でもあるロマンティックな天才物理学者*2は、周りにあるさまざまな心の壁を壊していく過程において、かなり杜撰なやり方で “言葉の壁”を利用*3したらしく、結果、築き上げてきた虚構世界が、自身の著書のタイトルである「宇宙エレベーター」よろしく崩れ去る*4
 講演の中でセルカンは言った。
 宇宙に達するエレベーターの建造など、素材的にも構法的にも、現在の技術レベルではハナから不可能です。できっこありません。ただし、各方面一丸となってそれを目指すことにより、普通なら相互に出会うことのない技術が集まることになります。「宇宙エレベーター」は技術移転プロジェクトとして大成功を収めました。…少なくとも筆者には、実に魅力的に、さらに言えば感動的に聞こえるこのホラ*5、どうだろう? 
 アニリール・セルカン。現実の壁こそ壊せなかったとは言え、2009年を代表する大アストラル建築家であった。



参考:アニリール・セルカン経歴詐称疑惑
http://www29.atwiki.jp/serkan_anilir/

*1:自分が参加したのは2009年2月5日、大阪での講演会。面白い講演があるということで事前に数名の知己に声をかけ、終了後は、そのうちの何人かを交え飲みに行くなどした。氏の講演は無茶苦茶面白かった。今、余裕でこうした感想を述べることができるのは、この時のメンバーの中から後にセルカン・カレッジへ入学する者が出たというような経緯もなく、たまたま実害がなかったからであり、もちろんその時点では氏の経歴詐称を認識していなかった。まあ、そもそも我々は、壇上のトルコ人の素性がいかなるものであろうと、いかなる実害も被りようのない安全圏から面白いステージを見物していたという訳だが。ちなみに自分は、講演の2日後、当ブログにその時の感想のようなものをエントリーしている→http://d.hatena.ne.jp/FraterCS/searchdiary?of=3&word=%a5%bb%a5%eb%a5%ab%a5%f3

*2:氏の専門は建築であり、物理学者としての実績は見当たらないらしい。氏の物理学に関する専門知識が非常に怪しいものであることを指摘する声は早くからあったが、自分含め、それらに対する大方の見方は「重箱の隅つつき」であったし、さらに言えば、多くの場合そういった評価は彼らの言い分をまったく理解できないままに下されたものであった。また、科学を扱うジャーナリスト諸氏は、セルカン氏が関わる専門領域の超自然的な広さに敬意を表するあまり〜或いは科学エンターティメント業界の盛り上がりに水を差すような振る舞いを自粛した為に〜著書の端々に現れる些細な誤謬に対しては、つい甘くなってしまわれたようだ

*3:「英語ならバレバレだけど、トルコ語ならほとんどの日本人には分からないしOKだよね…」といった、セルカンならではの超ポジティブ思考が伺える。てか、セルカン先生クラスのスーパーマルチリンガルになるとgoogle翻訳の存在など最早意識にすら上らんってことか?

*4:セルカン氏が、周囲にホラを信じ込ませる上で重要な役割を果たしたのは、やはり東大ブランドであろう。なぜそれが可能だったのか、また、現在の氏が持つ“東大助教”の肩書きはどうなるのか? といったあたりについては、東京大学側から正式な発表が出ていない段階での中途半端なコメントは差し控えたい

*5:ぶっちゃけ言ってしまえば、我々は、まさにそういうことを目指しているのだから