そんな訳で僕たちは

 上を向いて歩こう。涙がつぶれないように。勝手にしろと素敵に狂ったサックス奏者がリードを舐めはじめる。
 「無理だ!」
 何が? 表面張力て知らないの? 銜えたリードを右手に移動させると彼、花盛唱吹はあきれ顔で応える。勝手に他人の速度を落とすのはいつだってそーゆー奴だ。やれんよまったく。目をハテナにしている友人を前に、彼は若干誇張気味のうんざりした表情で続ける。いいかい、俺の演奏のテンポは速度調節ツマミを回すようには変わらない/そう簡単には変えられない?/てか全部いっしょ/いっしょ?/嘘だけど、まあ速度自体は変わらないね。不思議?でも実際そうなんだよ。俺の楽器は少々変わっていて、速度を緩めるとアナログレコードの回転数を落としたときみたいに音程が下がる構造になっている/そんな楽器でよく仕事ができるね/関係ないね。つぶれないように涙をこぼすのに使えるものは何だ? テラコッタミッフィー、スポンジのだるま、黒ちくわ、ジュースの飲みさし、かつて留守番メッセージの録音用に使っていたと見られるが電話機を買い換えて以来無用の長物と化してしまっているらしい中国製マイクロカセットテープ〜引き出してみると確かに長いの!〜のラベル、乾電池、レモンの詰まったパンスト、トイカメラとして造られた訳じゃないけどそのつもりで使った方がより楽しめるロシア製コンパクトカメラ、フェイクのフェイクファー、不動明王のフィギュア、エロ本、表紙だけの卒業アルバム、甘あ〜いエスカルゴの茶碗蒸し、モロヘイヤ…そんなガラクタがクソの役にだって立つとでも思うんかい?表面張力だけが頼りだと言うのに。だろ? だいたいな、俺自身の速度、バンマスが指定するテンポ、客の数とかが微妙に絡み合って初めて俺の演奏は成り立つてわけ。まず、それらの要素ひとつ一つをゲマトリアしなくちゃならない。だから割り、足し、掛け、演奏せよと俺は言う。掛けて、漬けて、ギターをつま弾くクロード・チアリ。
 なんか分からないけど大変だね/いや、実際にはそうでもない/なんで?/ジェネリック・メソッドがあるから。
 上を向いて歩こう。涙がつぶれないように。サウンドホールにピックが落ちる。
 フルスロットルで駆け抜ける道路の両脇に等間隔で電柱が立っているとしよう/何で電柱なの?/電柱だから。テンポを半分にしたいときは電柱の間隔をもとの倍に広げればいい/えらく単純だね/それでこそジェネリックだ。最小公倍数て知らないの? 割り、足し、掛け、破壊せよと俺は言ってみる。
 「どーでもいーから早く割り下を足せ!」
 そんな訳で僕たちは、涙の粒をイクラ状にして売りさばいている。